【掌編①】『その日私は、』【小説未満】
その日、私は刀で人を殺していた。
私が握る刀は薄く、到底人を殺せるとは思えないくらい軽かった。竹光のような軽さだったのだ。
竹光で人は殺せるのだろうか。確か、何年か前に見た歴史モノの映画でそんなシーンがあった気がする。その映画では自害だったけど、いくら死のうとしてもなかなか死ねなくて苦しそうだった。惨かったな。グロいというより、惨いなと思った。映像がセンシティブ過ぎて数年経った今でも忘れられない。でもこれは、ずっと覚えておくべきものなのだろう。
私が殺そうとしていた人が誰だか思い出せない。いや、人達、だ。2人いた事は覚えている。ぼんやりと女の子だった記憶もある。姿かたち一つ思い出せないのに、その人たちが私にとってごく親しい大事な人達だったのもなんとなく覚えている。少なくとも、憎い相手ではなかった。殺したくない、と思いながら殺していたから。
私は殺し屋を生業にしている。そして多分、殺した人達も殺し屋だったんだと思う。こんなことしたくないと言い合った。あなたを、あなた達を殺したくないと。どれだけお互いを思いあっていても、私たちの生きる世界で殺さないという選択肢は無かった。依頼主がいる以上、どちらかの存在を消さない限り、どちらも処分される。だから、誰かに殺されるくらいなら私が殺したいと思った。顔さえ覚えて居ないけど『大事な人』だったから。それは相手も同じだったようで、だからこそ殺し合うことになったけど、その同じじゃないと分かり合えない妙な繋がりが嬉しかった。大事な人だった証だとも思った。そんなことをぼんやり覚えている。
肉を割く感触はなかった。どうやら知らないものは再現されないらしい。相手の武器はよく覚えていないが、銃では無かったと思う。やけに軽い風切り音と、硬度のある何かが耳のすぐ横を掠めて強い風を感じたから、おそらく何かしらの刃物なのだろう。
あと覚えていることと言えば、白い太陽と、森の入口のような風景、そしてどこか作り物のようなピンク混じりの赤い血が鋭く舞う、そんな映像。生い茂る草にパタパタッと血が散る『寄りの画』もあった。つるつるとした大きなアーモンド型の葉っぱは瑞々しい緑で、それを不意に汚した真っ赤なその血は、ゾッとするほど鮮やかだった。
色んなことが曖昧なのに、どうしても忘れられないことがある。
切った相手の今際の言葉だ。
「なんで…」
なんで。なんで殺したの?か。なんで私なの?かな。いや、なんでこんなこと、かもしれない。今や私の前で横たわる息のない2人に、その真意を聞くことはもうできない。
竹光のような刀に着いた2人の血を拭って納刀した瞬間、どっと涙が溢れて来た。
人を切った時でさえ乱れなかった呼吸が嗚咽があふれて上手く息が吸えない。吐けない。
そのうち膝に力が入らなくなって、私は2人の亡骸に崩れ落ちた。
目一杯腕を伸ばして2人の亡骸を抱きしめた。まだ暖かかった。じきにきっと冷たくなる。私がこの2人から、体温を奪った。
「ごめん」
嗚咽で呼吸さえままならなかったからそれが実際どういう音になっていたかは分からない。でも、どうしても言わなければいけなかった。言わずには居られなかった。こぼれてこぼれてとめられなかった。意味の無い言葉かもしれない。白々しいかもしれない。届かないかもしれない。でも、それでも。
「ごめんね」
それが今朝の最後の言葉だった。
当然ながら夢だった。私は殺し屋ではないし竹光のように軽く薄い刀も持っていない。というか、そもそも竹光さえ持っていない。
でも泣いていた。しゃくりあげて苦しくて目が覚めた。もみあげと耳の上の髪が、溢れた涙で濡れて冷たかった。
数分呆然とした後に、いや何だこれ、と思った。朝からヘビーな夢を見た。色んなところから掻い摘んだ記憶を繋いだ夢だったから、今考えると、もう全てがおかしい。ピンク交じりの血とか。なんで殺し屋同士が白昼堂々屋外で殺しあってんだとか。というかなんで私殺し屋なんだよとか。竹光なんていつの記憶だよ、とか。考えれば考えるほど意味分からなくて、笑えてくる。
夢のおかしさは考えたら負けだ。ツッコミどころや狂気が孕んでこそ夢。現実世界でさえ意味わからないことだらけなのに、夢は想像力とか言う無限に広がる化け物じみたもののせいで狂い方に際限が無い。法律や制限がない。正解が無い。私にはそれが心地よい。だから私は夢が好きだ。
最近びっくりするほど変な夢ばかり見るが(悪夢ばかりという訳では無い)、夢占いが好きな私はそれをあまり悲観的に捉えていない。ひとまず今日はこれから『人を殺す夢』で検索してみようと思う。
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最近変な夢ばかり見るので、夢日記をつけてみようと思って始めてみました。
夢日記、あまり良くないらしいという噂を聞きますが、今後もこうして時たま残して行くので、私の周りの人達は、私が現実世界で狂い始めたら夢日記を疑ってください。
以上、笹森でした。
お休みなさい。よいゆめを。
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