【掌編】『その日私は、』その2【小説未満】





その日私は、真っ白いチョークを食べていた。


劇団の新作公演一回目の稽古の日だった。着々と集まるメンバー達の誰かがお近づきの印に、と差し出したのがチョークだった。
誰かは覚えていない。ただ女の子だったことは覚えている。学校に常備してある、あの水色の帆立貝が書いてある四角い箱。既に蓋が開けられていた。中には白いチョークがプラスチックの壁を隔てて、ぎっしりと縦に綺麗に並べられていた。
団員の女の子から差し入れとしてチョークを差し出されたことにも驚いたが、彼女はその後、おもむろに言ったのだ。
「これ、美味しいんですよ」
と。

ユニークな子だ。今考えると、正直ユニークという言葉で許容するには無理があると思うが、その時の私はそう思った。メンバーを和ませる優しさとユーモアを持ち合わせた良い子だなぁとも思った。少なくともこの時点では私の中にチョークを食べるという選択肢はなかった。
しかしこの後続いた会話に私は度肝を抜かれることになる。

「今流行ってますよね」
「カルシウム取れるし身体に良いってテレビで見ました」

……まじで?!
本当に流行ってんの?私が知らないだけ?
そうだとしても最先端、というかむしろ後退してない?と思った。
正直カルシウムを摂取出来る以外に食べるメリットが見つからなかったが、その程度のメリットならば私は普通に牛乳を飲む。
だって牛乳のが美味しいもん。
 
しかし、せっかくの新作公演の稽古場を和ませようとしてくれている粋な計らいを無碍にすることなんて私はできない。チョークを食べて仲良くなれるならいくらでも食べる。その際チョークになにか有害な物質が入っていて臓器が2つくらい死んだとしても、結果的に良い公演になるのなら喜んで臓器くらい捧げる。人は何かの犠牲なしに何も得ることはできないと、私は小学生の頃から漫画で学んでいた。おそらくこれが、等価交換というやつなのだろう。

「いただきまーす」
そんなふうにごちゃごちゃ悩んでいた時、おもむろに、団員の誰かが手を伸ばして箱の中のチョークを手に取った。躊躇なく半分ほどを銜えた彼女は、ボクンといい音を立ててチョークを噛み砕く。

「あ、美味しい!」

…待って、やっぱりダメかもしれない。今彼女の感想を聞いて反射的に美味しい訳ないだろ、という言葉が脳内を100個くらい横切った。不味いもの、口に入れたらまずいものを見ると人は何かしらの防衛本能が働く。それなのに彼女は今なんの躊躇もなしにチョークを口に入れて噛み砕いた。怖い。怖すぎる。美味しいってなんだ。美味しいわけあるか。だってチョークだぞ?それは食い物では無い。書く物だ。少なくとも、私の生きてきた常識の中では。もしかしてここは私の生きてきた世界じゃないのかもしれない。だとしたらここはパラレルワールドか?どうしよう、チョーク以外に定規とかコンパスとか食べ始めたら。私はこの世界でやって行けるのだろうか。

私が決意を揺るがせて脳内会議をしている間に、その場にいるメンバーたちはみんな真っ白いチョークを頬張り始めていた。
「夏っぽい味ですね」
「すごい、口の中に入れると意外にも溶けるんだ」
「硬い食べ物好きなんですよね」
「初めて食べるけど思ったより爽やかですね」
爽やかなの?!ていうか初めてなのによく躊躇無く食えるな!
そう思ったはずなのにそれが誰だか覚えて居ないのが今は惜しい。
チョークを食べるメンバー達の感想を聞きつつ曖昧に微笑んでいると、チョークを持って来てくれた子がそれに気づいて、私の元に掛けてきた。
「美味しいですよ。良かったら食べて見てください」
遠慮なさらず、という優しい言葉と共に差し出される。
いよいよ腹を括らなきゃいけないのかもしれない。でもチョークだよ…。チョーク…。貝のマークの白色チョーク。私の中ではやっぱり常識が覆らない。
いや、でも。
私はさっき言った。臓器の2つ3つくらい喜んで差し出すと。これはきっとひとつの試練だ。これを超えればきっと仲良くなれる。良い公演になる。
「ありがとうございます。頂きます」
私はいよいよ覚悟を決めて、箱の中のチョークを1本抜き取った。表面のすべすべした質感も、指紋にさらさらとまとわりつく粉の感じも、やっぱりチョークだ。躊躇したら負け。考えたら負け。頭の中で中島みゆきの『ファイト!』が力強く響く中、私はひと息にチョークの半分程を咥えて咀嚼した。


瞬間、さわやかに弾ける清涼感。クエン酸の香り。ホロホロと舌の上でほどける優しくてどこか懐かしい甘み。私はこの味を知っている。

「ラムネじゃん!」
思わず叫んでいた。
「はい。ラムネです」
チョークを差し入れてくれた子はニッコリ笑って頷く。
「すごく美味しいです!チョークってラムネの味なんですね」
「はい。ラムネの味なんですよ」
そうか。チョークってラムネ味なんだな。明日みんなに教えてあげよう!
 

そんなところで目が覚めた今朝だった。6時15分。なんでこう起床予定より微妙に早く目が覚めるんだろう。あと15分は寝れたはずだった。少し悔しくはあったが、目覚めは悪くなかった。
しばらく布団の中でボーッとした後にチョークがラムネの味な訳ないだろ、と思った。
なんでこんな夢を見たのかは分からない。直近にチョークを見た記憶も無い。チョークなんて見たのはいつぶりだろう。少なくとも数年単位で見ていない。ましてや、貝のマークのあの箱なんて、それこそ5、6年は見てない気がする。

何かの意味があることかも、と夢占いをしてみた。チョークを食べる、こんなクレイジーな夢を見る人なんて私以外にいるのだろうか?と思って『夢占い チョーク 食べる』で検索してみたら、チョークと打った時点で普通に『(スペース)食べる』が出てきて、己の変なイキり具合が恥ずかしくなった。
深く調べずとも結果が出てきた。どうやら吉夢らしい。書くのが恥ずかしくなる感じの吉夢だったから、気になる人はぜひ調べて見て欲しい。
きっと、私にとっても団員にとっても良い1年になるだろう。なったらいいなと思う。それならチョークも食べた甲斐がある。
そのために、まずはそれから始動する新しい公演の準備を頑張ろうと思った。







2日続けて変な夢でした。
夢って面白いですね。 

次回は普通の更新できるといいな。
下書きいっぱい溜まってるので少しずつ消化していこうと思います。

ちなみにチョークの名誉のためにお伝えすると、実際食べてもさほど問題はないらしいです。
むしろ食べるチョークという商品もあるらしい。すっげぇ世の中。絶対買わない。

以上。
笹森でした🐧
  
よい週末をお過ごしください。


ササモリモノローグ

お酒と水色とペンギンと、その他諸々好きな成人女性"笹森"の情緒がグラつきがちな日々の独白ブログです。脳内が1番饒舌。

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